読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

霊魂学deオフロード・・・旧「霊魂学を学ぼう」  Vol. 12

霊的なことに関するトピックを、様々な角度からアプローチ。オフロード的で面白い、とっておきのお話をお届けします。

■■ 霊魂学deオフロード Vol. 12

(霊魂学カフェテリア Vol. 12 - May 2016 より)

 

(先月号からの続き)

さて、地上の霊的なアンテナですが、山のように、長い期間一定の形を保ち、霊的世界から見えやすい状況である上に、さらにはその麓に集まる人々の長年の崇敬の念が霊的世界との架け橋?道?を造り繋がるのではないかと思うのです。

では、その念、想念とは一体何なのでしょうか。

想念は幽体の脳から肉体の脳に発せられたものであり、生命を持つ幽的質量であり、独立した人格を持つにまで至るらしいのです!!

なぜだか、そのような機能を持つ霊的な身体の成り立ちにはまだまだ謎がありそうですね。

肉体、さらには幽体さえも、その動物の進化に関わった霊的生命体の特性が反映されているのかもしれません。

前述の水晶球が引き起こすと言われた現象も、人の発した想念と、それに関与し利用する霊魂たちによるものではないかとも思えてきます。

そして、その想念はまた、性質の近い想念は寄り集まり、相反するものどうしはそっぽを向く特性があり、もし、その特性を上手く利用することができれば、地上の物質を霊的なアンテナとして機能させることが可能になるのかもしれません。

しかし残念なことに現実世界では、その逆のことが起きてしまっているようです。

修理固成の実行に関わった霊的生命体、もしかしたら彼らは神霊の力そのものをあらゆる世界で表現するため、自らを下げ、そして、おそらくは神霊の愛する人のために力を示し続けているのかもしれません。

まさに神霊の懐刀・・いやそんなに小さなものではない、懐が広すぎるのですね。

色々とわけのわからないことを書きましたが、もし、それらが全て妄想ではなく、本当に人の為になされた行為なのだとしたら、神霊やその霊的生命体は今の人類を見てどう思われるのでしょう?

今、人は霊的生命体としての存在の意義を問われているのではないかと思うのでした。

______

*更に、HP「霊をさぐる」より、想念についての言葉を、以下にご紹介いたします。 

reisagu.blog.fc2.com

(by タニグク)

*****************************************************************************

契山館広報部発行のメールマガジン「霊魂学カフェテリア」より、許可を得て転載しています。

興味のある方は、

http://kouhou-keizankan.jp/newspage3.html

こちらから、メールマガジンの登録が出来ます。