霊的に生きる・・・三つの意識

「私」はお酒が好きです。

好きな料理をつまみながら、お酒を飲むのが好きです。


でも、当然のこと、毎日ともなると、カロリーオーバーになってしまいます。

会社の定期健康診断では、メタボ予備軍で、この状態を続けると確実に病気になると言われました。

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そこで「私」は、しばらくの間、お酒をやめることにしました。
ご飯の量も減らしました。

ちょっと辛かったのですが、我慢できました。
でも、すぐに、イライラしてくるようになりました。

 

飲みたいよ~!
おなかいっぱい食べたいよう~!


でも、ダメです。病気になってしまいます。
病気になると、出かけることも、修行もできなくなります。
修行者である「私」は、自分のためだけではなく、周りによい影響を与えるつもりで、修行をしなくてはいけないのです。


修行といっても、苦行と言われるような、辛いものではありません。家庭で出来る簡単な行です。とはいうものの、体調を整え、呼吸を整え、真剣な気持ちで臨まないといけません。

 

そんなことは言われなくてもわかってるよ~。
でも、飲みたいんだよ~。
たまにはいいよね?
少しぐらいだったらいいよね?

 

  だめだよ!せっかくここまで我慢したのだから!
  いっそのこと、一生お酒をやめてしまえば?

 

え~~~!!

お酒も飲めず、おなかいっぱいに食べることが出来なかったら、死んだ方がましだよ!!

 

  なに言ってるの?
  死んだら、おなかなんか空かないし、
  お酒だって、地上時代の記憶が残っているだけであって、
  そのうち味も何も忘れてしまうんだよ・・・。

 

そ、そんなこと、知ってるよ!
・・・ただちょっと言ってみただけで。

 

  お酒に限らず、今は何が一番大事かということを考えれば、
  自ずと答えは見つかるし、そのように行動できるはずだよ!
  それに、いつもすぐに楽をしようとするんだから!


うう・・・・・・・・・。

 


さて、どうしましょう?
このままだと、「私」の心は、爆発してしまいます。
でも、「私」の中の優等生の部分は、容赦しません。

 

困りました・・・。
いつまでたっても、両者は平行線です。
このまま飲み続け、食べ続けると、それこそ本当にお酒が飲めなくなってしまうし、かといって全く飲まないと修行も出来ないほどストレスが溜まってしまうだろう・・・、
さて困った・・・。

 

そこで「私」は考えました。

 

メタボになったのも、急にではないはずだから、直すのも、急ではなく、少しずつにしよう。
量を決めて、回数を決めて、ちゃんと管理して、徐々に減らして行くことにしよう。
いきなり禁酒だなんて、無理だったかのかな・・・とチョッピリ反省もしました。

 

しばらくは、ストレスもなく、うまくいっていました。
でも、時々、「もっと飲みたい!もっと食べたい!」という気持ちに負けてしまい、たくさん食べてしまうことがありました。
そうなると、翌日「私」は落ち込んでしまいます。

 

なんて自分の意思は弱いのだろうか・・・?
自分のわがままな部分をうまくコントロールできない・・・。
(涙)(涙)(涙)

 


こうするべき
ああするべき

という、「優等生的な自分」と、

 

こんなことできない
あんなことはいやだ

という「わがままな自分」と、

 

「その真ん中に立つ私」は、おろおろし、とても苦しくなってきます。


頭ではわかるのだけど、気持ちがついていかない・・・・
頭ではわかるのだけど、行動が伴わない・・・・
 

頭でわかればわかるほど、自分がとても辛くなっていく・・・

何も出来ない、何もしない自分が、許せなくて・・・
オロオロとどちらにも足を踏み出せない自分が、情けなくて・・・

 

でも、自分の未熟な部分をなだめながら、少しずつでも前に進むようにしないと・・・

 

時々飴をあげて・・・、
時々愚痴を聞いてあげて・・・、
時々一緒に泣いてあげて・・・。

 

時々なら、わがままを聞いてあげよう・・・。
叱ってばかりだと、心が縮んでしまう・・・。
もう少し時間を掛けよう、修行をしながら・・・。

 

そうだ・・・
自分の未熟な部分の「傾向」をよ~く把握して、分析すれば、対策は立てやすくなる。
どこまで今の自分は出来そうなのかを知れば、無理を強いなくてもすむかもしれない!

 

そうすれば、三人の自分が、お互いの気持ちを尊重しつつ、お互いを思いやりながら、時には叱咤し、時には協力し、仲良く道を歩けるようになれるはず・・・。

 


わかっていてもできない自分・・・

でも、「わかっている」だけ、マシなのかも・・・
「わかっていてもできない!」って開き直らないで、倒れて涙するだけ、マシなのかも・・・

 


・・・なんてことを思いながら、日々を過ごしています。

 

 

「優等生の自分」は、「わがままな自分」を少し思いやることが出来るように

「わがままな自分」は、「優等生の自分」の真意を理解できるように

「真ん中に立つ自分」は、よりよい判断を下せるように